文化芸術活動

鎌倉幕府は、実は平氏政権だった

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  • 2016/02/28

清水町文化芸術活動促進事業

<第116回泉のカレッジ>

地域の歴史を考える1

鎌倉幕府は、実は平氏政権だった

~源氏嫡流を滅ぼし、実権を握ったのは北条氏~

◇主催   清水町教育委員会

◇企画運営 特定非営利活動法人ウォーター・ビジョン

◇日時   平成21年 5月9日(土)19時~

◇お話   竹下義朗氏 山梨県南部町在住 歴史評論家

◇会場   清水町防災センター 入場無料

竹下義朗(たけしたよしろう)さんは、昭和42(1967)年東京生まれ、現在、山梨県南部町にお住まいの歴史評論家です。

ウォーター・ビジョンで「竹下義郎歴史再考塾」を主宰している。
『平家討滅から幕府創設、源氏将軍断絶から権力奪取が北条氏による周到な策謀だったとしたら?
鎌倉幕府の正史『吾妻鏡』(あずまかがみ;東鑑)は、初代頼朝の死に関する記述が欠落しているばかりか2代頼家・3代実朝と源氏将軍に関して尊厳を少なからず貶(おとし)める記述があり、逆に北条家を持ち上げる記述が見られる所から、北条家により編纂されたものであろう事は想像に難(かた)くありません。
その「正史」 ─ 北条家にとって都合の良い歴史 ─ を基に鎌倉幕府の歴史が構築されているとしたら? 当事者は皆、鬼籍にあり、今更(いまさら)、物的証拠を挙げろと言われても無理な話ですが、状況証拠を挙げる事位は出来ます』と竹下さんは語る。
『例えば、建久10(1199)年、頼朝の死により後継相続した頼家の親裁 ─ 詰まりは幕府決裁権 ─ を、頼朝の妻であり頼家の実母とは言え、政子が停止させ、実父である北条時政を含む有力御家人による合議制とし、頼家の将軍就任が3年間も遅れた事。建仁3(1203)年、頼家が自らの実権を嫡男の一幡と弟の実朝に分割委譲しようとするや、北条時政がクーデターを起こし、頼家に替えて実朝を擁立。
自ら執権となり実権を握った事等を上げることが出来る』と主張している。
是非、ご来場いただき、竹下さんのお話をお聞きいただきたいと思います。

問合せ:清水町教育委員会社会教育課 055-972-6678

特定非営利活動法人ウォーター・ビジョン 055-972-6112