環境・情報

月刊ウォータービジョン 4月号

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  • 2016/06/04

月刊ウォーター・ビジョン

平成13年

4月号

ベトナムスタディツアー報告
ベトナムへ行こう!
その1
~戦争の後遺症~

水希 望

 少女の顔には、黒い斑点のようなアザが無数にある。斑点の大きさは五百円玉ほどもある大きいものからホクロのような小さいものまでまちまちだ。その斑点がお腹のあたりまでびっしりと続いている。そして、お腹から下の皮膚は、ぽたぽたと落としていた墨を一気にひっくり返したように真っ黒だ。腰のあたりはぶよぶよと膨らんでいる。その黒い”ぶよぶよ”はしだいに拡がってきているという。
先日私は、『日本ベトナム平和友好連絡会議』が主催するベトナム訪問団に参加した。巻頭に掲載されたこの写真はハノイ市内の『平和村』で撮影したものだ。今回の訪問では、ハノイ、ダナンを拠点に、枯れ葉剤の障害児施設である『平和村』と、都市部と農村部にある障害児の家庭を慰問した。
この『ベトナムへ行こう』では、旅行中に私が見聞したことを中心に、若干の感想をまじえて報告する。
第一回目のテーマは『戦争の後遺症』。いきなり重いテーマだが、ベトナムを語る場合は、避けては通れない。
写真の少女の名前はタイ・ティ・ガーちゃん。十歳。
日本では、枯れ葉剤の障害というと「ベトちゃん、ドクちゃん」のような奇形児を想像するが、障害の現れ方は子どもによって多種多様である。タイ・ティ・ガーちゃんの場合も生まれた時は”五体満足”だった。
タイビン省の調査によると障害の種類は、奇形児、全身麻痺、全盲、ろうあ、精神異常、脳障害、皮膚病など多岐にわたる。今回の訪問でも、身長が全く伸びない姉妹や脳性麻痺により歩くこともしゃべることもできない少女など、子ども達の症状は様々であった。
このような枯れ葉剤の影響による障害児は五万人とも言われている。だが、ベトナム政府は今だにその正確な数を把握していない。
障害が枯れ葉剤の影響によるものかどうかを特定するのは難しい。まず戦時中に両親がいつ頃どこにいて、その時期に枯れ葉剤が蒔かれたかどうかの追跡調査をしなければならない。そのような状況証拠に加え医学的な検証が必要となる。血液検査や遺伝子の分析。それらの調査や検査に、一人数千ドルの費用がかかるという。今のベトナムの経済力では、全ての障害児の調査をするのは不可能に近い。また、たとえ遺伝子の障害が確認されたとしても、枯れ葉剤との因果関係は、現在の医学では証明できないとのことだ。
アメリカ政府はこのような枯れ葉剤の影響を公式に認めておらず、補償も一切行っていない。
近年、障害児の数が減ってきているという。完治しているわけではもちろんない。次々に子ども達が亡くなっているからだ。ダナン市の調査によれば、生まれてきた障害児は二十二才までに皆死んでいくという。
ベトナム政府は調査費さえままならない。アメリカ政府は”科学的証拠”を盾に責任回避を続けている。いったい誰がこの子ども達を救えるのか。
二十五年経った今も”ベトナム戦争”は終わってはいない。
(みずき のぞむ)

国際交流功労賞受賞

 特定非営利活動法人ウォーター・ビジョン「ベトナムの子どもたちを援助する会」は、財団法人企業経営研究所(三島市、理事長・岡野光喜スルガ銀行社長)より国際交流功労賞を受賞しました。
「ベトナムの子どもたちを援助する会」は、1995年より活動を始め、毎年、ベトナムスタディツアーを企画したり、現地の障害児の手術費用の援助、衣類・文房具の支援活動をしています。
これまでのこうした活動が評価されました。これからも「ベトナムの子どもたちを援助する会」をよろしくお願いします。

ベトナムスタディツアー参加者募集

日程(8月20日~28日)若干の変更の可能性あり

◆ 20日(月)羽田8:10→関西9:25(日本航空343便)
関西11:30→ホーチミン15:15 (ベトナム航空941便)
ホーチミン18:30→ハノイ20:30(ベトナム航空232便)
◆ 21日(日)ヴィ先生音楽学校
◆ 22日(月)障害児施設平和村・障害児宅訪問
◆ 23日(火)障害児宅訪問・水中人形劇鑑賞
◆ 24日(水)~25日(木)ハロン湾・ハノイ市内見学
◆ 26日(金)自由行動・お別れパーティー
◆ 27日(土)~28日(日)クチトンネル ・ホーチミン市見学
23:25→関西6:15 関西7:30→羽田8:45

参加費用は、約20万円。募集人員は、20人で、健康な中学生以上の方。
申し込み、問合せは、ウォーター・ビジョン事務局0559-72-6112

山下好の人物紹介 NO.13
君は「日吉 真澄」を知っているか

~音楽ってラブレターなんです~

ワインカラーのワンピースが、彼女のイメージを創り上げていた。
取材を前に、公民館で行われたコンサートを聴いてみたが、またたくまに「日吉真澄ワールド」に引きずり込まれてしまったというのが、本音である。
自分で作曲した曲を演奏する前に、その想いを語る彼女には、他の女性にはない何かがあると予感して、コンサート終了後の取材を楽しみにしていた。
「私は雨が好き」「寝起きって曲ができやすいんです。だから曲に詰まると一回寝ます」「作曲を通じて、風景ではなく心の中を表現しているんです」
そんな彼女のトークを聞いていると、しあわせの気分になれるから不思議である。
軽い食事をしながらのインタビューは、楽しいものになった。ピアノを始めたのは、4歳のときだったという。「ピアノのきっかけは?」「わたしが小さい頃はピアノブームでみんな習っていました。母も女の子が産まれたら、ピアノを習わせるのが夢だったらしく・・・」
作曲のきっかけは、どうやらピアノを弾く子は大勢いたから作曲をやってみたという子供らしい発想が嬉しくなってしまう。「8歳で私は音楽の道を選んでいましたね」
当時の彼女にとって、曲を作るということはふっと口ずさむ歌のように自然なものだった。中学生の時には学級歌なども作曲していたという。ちなみに彼女は函南町に住んでいた。
彼女の作曲活動の根底に流れているキーワードは「センチメンタル・メランコリック・ノスタルジック・ハートフル・涙」だという。
童話でいえば、マッチ売りの少女や人魚姫。童謡でいえば、赤い靴や小さい秋見つけた、幼少の頃の彼女はこういったウェットな作品が大好きな少女だった。
彼女と話していると、頻繁に「伊豆中央高校」の名が出てくる。「世界中のどこのステージよりも伊豆中央高校の体育館で演奏したい」と言い切った愛校心はさすが。裏を返せば出会った人の影響も大きかっただろうし、夢が生まれた場所だともいえそうである。
伊豆中央高校卒業後、国立音楽大学作曲学科に進学。大学在学中、21歳の誕生日を前に、東京高円寺のライブハウスで記念すべき第一歩を踏み出した。16曲すべてオリジナル。
「今後の活動は?」「コンスタントにアルバムリリースを続けていきたいです。それから全国美術館コンサートツアーをしたいです。知的な雰囲気やロケーションのいい場所でコンサートしたいですね」
彼女と話しているとたびだひ「人生」という台詞が出てくるのが、気になっていた。
「タイトル付きコンサートは自分の人生にリンクしているんです」「いつも人の人生とオーバーラップしながら、風景ではなく、ドラマを意識して作曲しています」
また彼女は、うんちくが大好きであった。たとえば、月をテーマに曲を作るとなると、月について調べるようだ。そこで身に付いた知識が彼女を支えている気がする。「月は形が変わるから好き、月の不安定さが好き、闇の中で光を放っている月が好き、月は二面性を持っているから好き」こんな台詞は簡単には出てこないはずなのに。
「曲を通じて、自分と同じ感覚を持った人や価値観の合う人に出逢いたい、言い換えれば、私を理解してくれる人かな」とちょっぴり照れくさそうに笑った。
「わたしが作り出した音楽が、哀しいことがあった時や寂しい気持ちでいる時の小さな支えになってくれたら嬉しい。一生懸命ひたむきに生きて、時には涙を流すこともあるかもしれないけれど、そんな美しい涙には大きな意味がある。
飛ぼうとして飛べない、それでも飛びたくて頑張る・・・わたしはそんな小さな鳥のような生き方が大好きです」なるほど。
「日吉真澄とは?」の質問には「ピアノを弾く人」と言い切ってくれた。
ちなみに好きなタイプは「こころのどこかに寂しさを抱える人、心の薫りが高い人、横顔が素敵な人」好きな食べ物は「茶碗蒸し、もずく酢、野菜」嫌いなものはない。
最後に、「私の音楽の中心には『自分は女性である』ということがあります。女性だったら誰にでも『ヒロイン願望』とか『花』でありたいという願いがあると思う。」「『ピアノラブソング』を届けていきたい。わたしにとって音楽はラブレターなんです。」と嬉しそうに囁いて取材を終えた。      (やました このみ)

■日吉真澄ホームページ■
http://www.ne.jp/asahi/cafe/rainyforest/

NPOアラカルト (その10)
ボランティアとNPO
丸山 遼

丸山 ウォーター・ビジョンは、NPOであるし、静岡県知事の認証を受けてNPO法人でもある。しかし、ボランティア団体でもあるという。NPOとボランティアとの違いについて、松浦理事長さんに伺いたい。
松浦 ウォーター・ビジョンは、NPOであります。ただし、NPOという言葉が日本で普及していなかった当時からウォーター・ビジョンは活動していた。普及しはめたのはNPO法(特定非営利活動促進法)が国会で成立した平成10年3月からで、それまではNPOではあったが、やむを得ず、自らをボランティア団体であると言ってきた。そして、清水町ボランティア連絡会等にも所属していた。そうしたことのために、NPOであるのか、ボランティア団体であるのか、混乱があるのではないかと思います。
丸山 そうすると、平成10年3月から、日本のボランティア団体は、全てNPOになったということですか
松浦 NPOの日本語訳は、「民間非営利組織」であります。したがって、スポーツ普及団体、自治会、子供会、自治消防団等も、全てNPOであります。しかし、こうした団体に所属している人々は自分たちの組織が、ボランティア団体であるとは思っていても、NPOであるとの自覚がない。
丸山 そうすると、自分がNPOだと思えば、NPO「何々会」と称していい。
松浦 勿論です。但し、その団体がある程度の会員を有し、会則や代表者を定め、継続的に活動してることが条件になります。
例えば、ある人が公園をきれいにしようと思い立って、先ずは一人で公園の清掃を自発的に始めた。この人をNPOだとはだれも思わない。ボランティアです。しかし、ボランティア団体でもない。しかし、一人が二人になり、「何々公園をきれいにする会」等の名称ができて、会員というか、賛同者も10人20人となると、その団体は、自らを「ボランティア団体」であると、自覚するようになる。この段階になれば、勿論NPOといえると思います。さらに、公園の清掃だけでなく、より地域の人々が使いやすい公園にするための方法を考えたりするようになると、会費を徴収したり、それに伴って会則を作ったり、そうした会則を作るための総会を開いたりする。そうなると、自らが自覚する、しないに係りなく、そうした団体は、立派なNPOであります。
丸山 よくわかりました。次に、NPO法人というのは、どのように考えたらいいでしょう。
松浦 私は、二人以上で、何か社会的有益な活動をする場合は必ず、「NPO法人」を作って活動すべきであると思っています。NPO法ができるまでは、作ろうにも作れなかったことですから。
丸山 しかし、法人になるためには、定款や収支計算書を作ったり、県知事に書類を提出しなければならない等面倒だ。との意見もありますが。
松浦 そのことについては、大変重要なことです。次回、じっくり、話し合うことにましょう。 (まるやま はるか)

竹の間 NO.6
「自然食を食べてはいけない」

竹田共生塾塾長 竹田恒泰
http://www.takeda-tsuneyasu.com

巷では環境ブームに乗っかって自然食ブームが巻き起こっている。「無農薬」のラベルが付いた野菜は高値で取引され、天然、無添加、非加熱処理といった、いわゆる自然に近い状態の食品がもてはやされている。自然食ブームが盛り上がれば盛り上がるほど逆に心配になるのは僕だけだろうか。市民はいつも裏切られてきた。環境に無害であるといってフロンが世界中で使われた後になってオゾン層破壊の元凶であったと知らされたことはそう昔の話ではないし、安全な食品であると信じていたものが突然「発ガン性あり」と報道されることもある。そこで今回は自然食について考えてみることにしよう。
自然が安全という考えはあまりに短絡的である。本来自然は恐れるべきものであり、決して安全なものではない。人間の歴史は食原性奇病の歴史であり、自然食だけを摂取していた古代の人類は決して長生きではなく、むしろ、摂取する食事のバランスの悪さ、ビタミン不足などが原因の奇病との戦いであった。しかもこれが克服されたのは20世紀半ば以降である。
わらびに発ガン性があるというのは今や有名な話であるが、昭和30年代にこの事実が伝えられた時は相当のショックであったろう。動物にわらびを食べさせると発ガン率が急増する。茹でても塩漬けにしても低減はするものの依然として危険であるという報告がある。牛乳にしても普通に考えたら太陽の下で育った牛が良さそうである。しかし味はよいものの農薬の残留量が高い。逆に日の光を受けずに牛舎で育てられた牛の牛乳は味は薄くてよくない反面、農薬が残留していない。おいしいものが必ずしも体にいいとは限らないのである。これはなんとも皮肉なことではないか。
更にいえば、自然食の象徴は玄米であるが、玄米めしは白米めしより確かに栄養分は多い。しかし、玄米めしは栄養の吸収率が低いため、結果的には栄養価値が低いことになる。つまり、カルシウムに関しては白米の二倍もカルシウム分を含んでいる玄米を食べても体内に蓄積されるカルシウム分は三分の一でしかない。マグネシウムに関しては玄米を食べるほど体内から流出するというマイナスの効果になってしまう。しかも農薬残留量が白米より三倍高い。
魚についても近海物は遠洋物に比べるとダイオキシン類の残留量が極端に高いし、汚染された海から取れる天然塩もいかがなものかと思われる。
それを考えると、「自然食を食べてはいけない!」とまではいわないとしても、手放しで受け入れるべきではないといえる。そもそも自然は恐れるものである上に、人間による汚染の結果、帰るべき自然は最早なくなっているのではないか。
僕は環境保護という言葉が嫌いである。強い「人間」が弱い「環境」を保護するというのは人間のエゴに思えてならない。実は本当に保護されなきゃいけないのは人間だったりする。これからは「保護」ではなく人間と自然が「共生」していく道を模索しなければならない。 (たけだ つねやす)

博物楽洒 NO.3
~何でも洒落で楽しもう~
何で英語やるの?
HaraQ
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/haraq/

 この春、中学に進学し初めて習う外国の言葉「英語」にワクワクする学生。この春、英語に泣かされた大学受験生。何はともあれ、英語は六年から十年くらい学び、そして話すことができない、とはよく言われること。英語の得意な中学生に、将来何になりたい?と聞くと、英語を使って世界中の人と話ができるような仕事という答えが返ってくる。よし頑張れよ!と励ますものの、日本語できちんと主張できないのに、文化の違う外国人に何を語るというのだろうと内心思っている。
「新潟港に立ち寄るロシア人が、裏通りのタバコ屋に行く。そこには高齢のおばあさん。ロシア人に臆することなく日本語で、普段の日本人と同じようにやりとりをした。このおばあさんこそ国際人だ。」というような新聞の投書を以前目にした。小生も同意見だ。別段、外国人だからどうということではなく、誰とでも普段着で同じ目線で自分を主張し、相手の話を聞くことができれば良いのではないだろうか。その上で必要に応じて、自分に必要な分の外国語を覚えればなお良い。外国語とは、何でしょう。ちまたにある外国語スクール、なぜか英語だけというところが少なくない。日本にいる外国人は、イングリッシュ・スピーカーなのでしょうか?日本に定住しているのは、韓国・朝鮮人、中国人、ブラジルやペルーからの日系人の皆さんたち。いずれにせよ、直接英語が母国語ではなさそう。
さて小生、中学のころ、海外の短波放送を聞き、英語で簡単な受信レポートを書いて、返信のエアメールが毎日のように送られてきた。その一方で、世界にはなんといろいろな言語があるものかとも思った。欧州の言語はもとより、アジア内陸部、アフリカの国々の言葉など数え切れない。
大学時代は何を間違えたか、フランス語が第二外国語だった。ところがテレビ・ドイツ語講座のアシスタントのお姉さんがかわいかったことがきっかけで、ドイツ語の語学学校にも通い、ついにはミュンヘンの語学スクールにも行ってしまった。当時知り合ったドイツ人と交流はあるので、ドイツ語は今なお必要なツール。
シンガポールやオランダという貿易や国際交流の盛んな国の人は、バイリンガルやトライリンガルだ。普段から多言語に囲まれているからなのだろう。あいにく日本では、共通化されている日本語で事足りる。外国語は覚えたいという個人の欲求が高まったときに始めれば、効果的に覚えることができるもの。「英語が公用語」というお話があったが、それなら中国語や韓国語の表記もすべきであろう。
そういえば、冒頭日本に多い外国人の中に忘れていた、在日アメリカ軍人がいるんだった。まぁ、それはそれとして、僕は英語が好きでない。高校時代、赤点を取って追試に苦しめられた日々以来。        (はらきゅー)

マナチャンの現像室 NO.4
モルディブのグレーなテトラポット
水中写真家 鈴木明義
http://plaza.across.or.jp/~manatee/

 インド洋にモルディブという国があります。数百の島が集まって、観光を主産業としています。「どこまでも続く青い海・白い砂浜」をキャッチフレーズに外貨を稼いでいたわけですが、最近、海水位が上昇し、島が水没しそうになっているのです。これも、地球温暖化のせいでしょうか?
そこで、モルディブは、日本の建設会社に依頼しコンクリートのテトラポットを並べ、侵食を防ぐ工事をしました。そしたら、「コンクリートブロックの海、コンクリートブロックの砂浜」になってしまい、結果観光客は来なくなってしまいました。
(すずき あきよし)

カンボジア極楽紀行

~日本人はお大尽!?~
増田恵子

「カンボジアに行って来たよ」と言うと、決まって聞かれるのが「危なくない?」の一言。特に中年以降の世代にとっては「大量虐殺」「地雷」などのイメージが根強いようだ。かくいう私も「地雷に気を付けなきゃ」などと、ちょびっとサバイバルを期待していた。しかし、今回の四泊五日の観光旅行は、拍子抜けするほど快適なものだった。
旅行先にカンボジアを選んだのは、十年来のあこがれだったアンコール遺跡が目当て。成田からバンコク経由で、遺跡観光の拠点となるシエムリアプの町に到着。私たちが泊まったホテルは昨年十月に建てられたばかりで、部屋のエアコン、テレビ、冷蔵庫は日本製。三十分五ドルでインターネットも使えるサービスぶり。オーナーはカンボジア人らしいが、日本のODAもいっぱいつぎ込まれているに違いない。
快適な旅になった最大要因は、日本語ガイドさんと運転手さんを貸し切り状態だったこと。旅行雑誌を見て最少催行人数二人のツアーに申し込んだのだが、まさに私と友人の二人だけだった訳だ。特に重宝だったのは運転手付きの車。シエムリアプにはタクシーがないので、移動手段はバイクタクシーが頼り。タクシーといっても単なるバイクなので、当然メーターはないし、長距離はつらい。ちなみにカンボジアでは自動車の運転には免許が必要だが、バイクにはいらない。
遺跡で見かける外国人旅行者の顔ぶれは欧米人と日本人が六対四ぐらいか。世界遺産にもなっているアンコール遺跡は想像していた通り、彫刻が細かくて圧倒された。ただ、一年で最も気温が下がる一月下旬とはいえ、三十度以上の暑さに頭がぼーっとしてしまう。これだけのスケールの遺跡は、駆け足で通り抜けるよりも長期間滞在して少しずつ観賞する方が断然いい。道で話し掛けられたイタリア人観光客の休暇は何と四カ月だそうだ(単に失業しているだけかもしれないが)。何でも欧米のまねをしたがる日本人は好きになれないが、長期休暇だけはうらやましい。
日本人観光客の大半は年配のツアー客だったが、若い日本人女性ばかり見掛けた場所がある。それは市場。今、アジア雑貨(特にベトナム)がブームになっているが、カンボジアの陶器やかご、銀製品なども負けず劣らず素朴な味わいがあってかわいい。流行を先取りしたい方にはお勧めだ。料理もタイ料理よりくせがなく、シーフードが多めで日本人の口に合いやすい。シエムリアプには昨年七月にオープンした日本人オーナーのマッサージサロンもあった。遺跡中心のカンボジア観光から、「遺跡のあるリゾート地」に変わる日も近そうだ。観光地としてはあまりに前途有望なカンジアに、「日本が乱開発をしないといいのだけれど」と少し心配になった。      (ますだ けいこ)

俳句

清水町徳倉 渡辺義明

 

果樹園に
春の白息流しけり

◎ まだ春浅い頃の果樹園。木々もやっと萌えはじめ頃で、幹が一本一本、等間隔に離れ立っている。そんな中を朝の白息を流しながら歩いている。

ふらここの
一つ一つに潦

◎ ぶらんこの下は、子供が足を擦るので、たいてい地面が凹んでいる。そこに水溜りができる公演などのようにぶらんこが数多く並んでいる時には、その「一つ一つに潦(にわたずみ)」ができた情景となる。勿論こういう時のぶらんこは静止状態。公園に子供の姿も見えない。

春水を
流す花屋に荷が着いて

◎ 花屋はいつも水を流しているが、花の荷が着いて店先がいっそう賑やかに水の量もまた増えた。花々が明るい春だけに、水道の水にもひときわ春の水の趣が深い。    (わたなべ よしあき)

糸電話

昔できなかったことに挑戦してみる▲フリークライマーの平山ユージはあるテレビ番組の中でこう言った。昔、絶対無理だった岸壁が、何年かして挑戦してみたら登れた。これで私は自信がついたという。言い換えれば、昔できなかったことに挑戦することによって「自分の成長に気付く」ということなのだと思う▲それは何でもかまわない。他人にとっては、非常にくだらないことでもいい。自分にとって今まで無理だと思っていたこと、一度挑戦してみたけれど全然歯が立たなかったこと、とにかく何でもいい。何年、何十年たった今、挑戦してみよう。もしかしたら思いがけず出来てしまうかもしれない、たとえ出来なくてもあと少しで出来るところまでいくかもしれない。大切なのはあえて挑戦する「チャレンジ精神」ではないだろうか▲最近、情報過多で、何かをする前から結果が予想できてしまう。だから何をやってもつまらない。しかし、人生すべて計画通りにいくとは限らないことも、あなたは知っているはずだ。迷ってる暇はない         (公務員パパ)


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作成日2001年4月4日