環境・情報

糸電話

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  • 2016/06/06

 糸電話

~月刊ウォーター・ビジョンで連載した「公務員パパ」のコラム~


2001年6月号
映画「海の上のビアニスト」をビデオで観た▲船の中で生まれ育った主人公が、一度だけ陸に上がろうと決意し、タラップを降り始めたが、無限の世界が拡がるNYの景色を眺めて、船へ引き戻ってきてしまう「あの大きな街には終わりがなかった」と感想を語ったが「無限」の怖さと「有限」の楽しさ、を私たちに教えてくれた気がする。きっと、どこまでいっても満足が得られない、そんな不安が襲ったのだろう▲無限じゃない鍵盤で、自分の音楽をつくる幸せ。彼の生き方は、88に決まっているピアノの鍵盤でも、奏でる人間が無限だから、いろいろな音楽が出来るという考え方である▲ついつい中央(東京)や、世界での活躍を夢見がちだが、自分に与えられた鍵盤(生活環境)で、素敵なメロディ(作品)をつくるのも、ひとつの生き方かもしれない。たった一度の人生だから自分の演奏を楽しみにしてくれている人たちに、精一杯の曲を作ろうとした彼に、共感を覚えてメモをした▲「糸電話」のスタンスも同じでありたい、そう感じている
(幻の糸電話)2001年6月号に掲載予定だったもの
最近「言葉ってむずかしいなぁ」とつくづく思う▲人間は言葉をコミュニケーションの道具として、主に意思の疎通を計る時、用いることが多かった。しかし、その言葉のボタンを掛け違うと、本人の意思とは違う結果になることも覚えておきたいと思う。そこで最終回に際して、ある人に教わった詩を紹介したい▲「言葉は力だ」一つの言葉で喧嘩して、一つの言葉で仲直り、一つの言葉でおじぎして、一つの言葉に泣かされた、一つの言葉はそれぞれに、一つの心を持っている▲私たち人間の感情、その喜怒哀楽は、ほとんど言葉が原因と言っても過言ではないだろう。それだけに使い方に注意して「怒・哀」に使うのでなく「喜・楽」を感じてもらえる使い方をしたいと願う。特に「ありがとう」「ごめんなさい」の単語がうまく使える人間になりたい、と最近は思う▲「今月の糸電話、面白かったよ」の言葉に励まされ創刊号から続けてきたから、ちょっぴり名残り惜しいが、また何かの機会でお逢いしましょう。ご愛読ありがとうございました
2001年5月号
先日、ある講演会で「飛行機の機長と副機長は違った時間に違ったものを食べるんです」という話を聞いた▲フライトの打ち合わせをしながらチームワークを高めるため、一緒に食事をするものだと思っていた私には意外な台詞だった。しかし理由は簡単明瞭だった。「操縦中にふたりが同時に、腹痛や食あたりにならないために別々なんです」なるほど、そこまで気を遣っているのかと感心させられた▲折しも年度切り替えの季節、各自治体や各種団体で人事異動・役員交代が発表され、新しい年度に向けてスタートする。さて自分のまわりはどうだろう。同じようなタイプの人間ばかり集まると何かあったとき、いろいろな角度から対応できず総崩れになる恐れがある。逆に違ったタイプの人間が集まると、それぞれの意見が食い違い一見やりにくそうだが、いろいろな角度から問題にぶつかっていける強さがある▲たまには自分の苦手だと思っている人と行動してみるといい。新しい発見、新しい考え方、新しい世界が拡がる筈である
2001年4月号
昔できなかったことに挑戦してみる▲フリークライマーの平山ユージはあるテレビ番組の中でこう言った。昔、絶対無理だった岸壁が、何年かして挑戦してみたら登れた。これで私は自信がついたという。言い換えれば、昔できなかったことに挑戦することによって「自分の成長に気付く」ということなのだと思う▲それは何でもかまわない。他人にとっては、非常にくだらないことでもいい。自分にとって今まで無理だと思っていたこと、一度挑戦してみたけれど全然歯が立たなかったこと、とにかく何でもいい。何年、何十年たった今、挑戦してみよう。もしかしたら思いがけず出来てしまうかもしれない、たとえ出来なくてもあと少しで出来るところまでいくかもしれない。大切なのはあえて挑戦する「チャレンジ精神」ではないだろうか▲最近、情報過多で、何かをする前から結果が予想できてしまう。だから何をやってもつまらない。しかし、人生すべて計画通りにいくとは限らないことも、あなたは知っているはずだ。迷ってる暇はない
2001年3月号
「庭越しに話せる人になぜメール?」ラジオから流れてきた川柳である。思わずニヤリとしながら頷いてしまった▲携帯のメールは、子ども達の活字離れを防ぐとか、親子のコミュニケーションの手段として利用される等「親指文化」として市民権を得てしまった気がする。しかし問題は相手に確実に届いたのか、わからないところにある。言い換えれば緊急の要件には使えないというメールの機能を理解しておかないと、大変なことになるので注意しておきたい▲また相手の都合も考えず、メールを送ったのにすぐ返事が来ないとイライラしたり、一日中携帯に向かって、誰とも話さず親指を動かしていては、ストレスが溜まるはずである。本来手紙とは、そういうものなんだと理解し活用して欲しい▲受話器から聞こえる相手の声で「元気そうだね」「どうしたの?調子悪いの?」というコミュニケーションの手段として相手の健康状態を気遣うことも必要ではなかろうか。これからは、五感を使った感性が大切になるような気がする
2001年2月号
昨年末、巷ではベートーヴェンの「第九」で盛り上がっている中、清水町は「若者」が企画し5回目を迎えたイルミネーション、プロの演奏家を目指す桐朋学園の「学生等」十三人が約五〇分間立ちっぱなしで披露してくれたヴィヴァルディ「四季・全曲」の演奏、そしてリスの仮装や、おじゃ魔女どれみの仮装をした「幼児」の無邪気さに参加者もニコニコ顔であった「クリスマスソングを歌い隊」と、若い人のおかげで楽しい時間がもてた▲しかしそんな光景を見て大人がもっと盛り上げてあげたら、素敵なまちづくりが出来るのになぁと感じてしまった。長泉町は夏の「わくわくまつり」に代表されるように、町全体で盛り上げようというシステムが出来上がっている。しかし残念なことに清水町はまだまだ「若者笛吹けど、大人踊らず」の表現が相応しい状態ではなかろうか▲新世紀になったことだし、県下で一番若い町らしく活気ある町に向けて、どこにも負けない、そして若者の意見を取り入れた個性的なまちづくりをしたいと思う
2001年1月号
「庭越しに話せる人になぜメール?」ラジオから流れてきた川柳である。思わずニヤリとしながら頷いてしまった▲携帯のメールは、子ども達の活字離れを防ぐとか、親子のコミュニケーションの手段として利用される等「親指文化」として市民権を得てしまった気がする。しかし問題は相手に確実に届いたのか、わからないところにある。言い換えれば緊急の要件には使えないというメールの機能を理解しておかないと、大変なことになるので注意しておきたい▲また相手の都合も考えず、メールを送ったのにすぐ返事が来ないとイライラしたり、一日中携帯に向かって、誰とも話さず親指を動かしていては、ストレスが溜まるはずである。本来手紙とは、そういうものなんだと理解し活用して欲しい▲受話器から聞こえる相手の声で「元気そうだね」「どうしたの?調子悪いの?」というコミュニケーションの手段として相手の健康状態を気遣うことも必要ではなかろうか。これからは、五感を使った感性が大切になるような気がする
2000年12月号
「輝いているお母さんの姿が一番の教育」そう思わせてくれるコンサートだった気がする▲週末に町公民館で開催している「泉のまち音楽会」出演者は校長先生あり、レストランのマスターあり、音大の現役学生あり。そして今回の主役はお母さんだった。リハーサルの時は、舞台のまわりを飛びまわり大騒ぎしていた子ども達も、本番には一所懸命演奏しているママの姿を真剣に見つめていた▲いつも大きな声で自分たちを叱るママではなく、オシャレなドレスに身を包み、スポットライトを浴びて輝いているママに驚いていたのかもしれない。働く親の姿を見せることが出来なくなった現代、親が何かに夢中になっている姿を見せることが、教育の基本になる気がしてならない。コンサート終了後に着飾ったママと一緒に写真を撮っている子ども達の姿は、妙に嬉しそうだった▲自分の果たせなかった夢を子ども達に託す前に、もう一度だけ何かに挑戦してみてはいかがだろうか。詳しくなくてもいい、好きなこと、楽しいことでいい!
2000年11月号
シドニーオリンピックが日本の予想以上?の活躍で幕を閉じた。メダリスト達が多くの素敵な台詞を残してくれたこともあり、私のコラムの題材は驚くほど増えた▲オリンピックは4年に一度、日本国民が、臨時スポーツ解説者になれるほど熱中する競技大会であることに間違いない。テレビから流れてくる画面をみて、覚えたばかりの専門用語を使い、何度も同じシーンをみることにも苦痛を感じない独特の雰囲気を持っている。勿論、私もそのひとりである▲しかし、どう考えてもよくわからない競技の採点方法がある。話題の種目「シンクロ」や「新体操」で耳にする、あの「芸術点」と呼ばれる摩訶不思議な点数である。何度も「いいですよ」「完璧です」と評価された日本と「ちょっと合ってませんね」と解説されたロシアがどうして順位が逆なのか。芸術を数字にしようとすること自体、客観的に判断できない不平不満の出る要素だと私は思うのだが▲見ている人の心を揺れ動かす事が芸術ではないのだろうか、説明して欲しい
2000年10月号
「今の教育に足りないのは驚きである」という言葉を見つけた。好奇心から生まれる発見、そして驚きこそ育児のポイントになると思う▲しかし、夏休みの宿題は、私たちの頃とあまり変わっていない。これだけ情報が溢れ、パソコンを始めとした電子機器が進歩したにも関わらず、数学の計算や美術のポスター、英語の和訳、読書感想文等が課題として与えられるケースが多い▲考えてみて欲しい。今では分数の計算もできる電卓があるし、ポスターのデザインや文字も全てパソコンから出力される。さらに難解な英文も翻訳するソフトで一発に和訳される。この過程には、何も発見や驚きは生まれてこない。パレットで混ぜ合わせながら出来た偶然の色とか、辞書で調べたら違う意味まであった英単語など、過程から生まれた発見や驚きがなくなってから、「へぇ~」とか「ほぉ~」という言葉も聞かなくなった▲驚きが足りないのは、子どもたちだけではない。日本人すべてかも知れない。生活には驚くことが溢れている。是非探して欲しい
2000年9月号
私の魔法の言葉は「せっかく」なんです▲女子マラソンの有森が、ある番組でこう紹介してくれた。普通の選手より失敗・挫折の連続だった彼女に、人生の恩師でもある小出監督はこうアドバイスしたというのだ▲なぜ私だけ?どうして自分だけが・・と思いたくなることは誰にでもある。しかし、それをマイナスに考えていてはいつまでたっても、事態は好転しない。ところが与えられた失敗や挫折をプラスに考えるのは簡単だ。頭に「せっかく」の言葉をつけてみなさい、ということらしい▲「せっかく失恋したから」「せっかく仕事で失敗したから」「せっかく怪我をしたから」と考えることが出来れば、気持ちも楽になれる。心からそう思えるよう努力しなさい、ということだったのかも知れない▲さて、私にとって魔法の言葉というと「○○君、キミらしくないぞ」である。頑張っているときのキミを知っている。キミの力はそんなものではないはずだよ、と励まされいる気になる言葉である▲さて、あなたにとって魔法の言葉は何ですか?
2000年8月号
「若者の頑張り」が客に受けるんです▲こう言い切った宅配の社長がいた。宅配はピザからはじまり、中華、パスタ、今ではコンビニがお店の商品を電話で受けて、お宅まで配達する事業にまで拡大している。その業界で大切なことは、若者の礼儀正しさ、ハキハキした態度、だという▲「こんにちは、○○です」「お待たせしました」「ありがとうございました」こんな台詞を大きな声で言われたら、「よし、また注文してみよう」と思ってしまうのは私だけだろうか▲これは宅配業界に限ったことではない。ガソリンスタンド、ファーストフード店、コンビニでも同じ様な光景に出逢うということは、裏を返せば、普段ではそんな若者が少なくなったことを意味する▲いつの時代も若者は元気だった。そしてその若者の予想もつかない行動を、大きな目で見ていてくれる大人がいた。しかし、現代は違う。若者が溜息をつき、あくびをする。大人はそんな若者に疲れ、ストレスとなる。今回だけは、何から手をつけなければいけないのか、迷っている私がいる▲元気出せ、若者
2000年7月号
「若者の頑張り」が客に受けるんです▲こう言い切った宅配の社長がいた。宅配はピザからはじまり、中華、パスタ、今ではコンビニがお店の商品を電話で受けて、お宅まで配達する事業にまで拡大している。その業界で大切なことは、若者の礼儀正しさ、ハキハキした態度、だという▲「こんにちは、○○です」「お待たせしました」「ありがとうございました」こんな台詞を大きな声で言われたら、「よし、また注文してみよう」と思ってしまうのは私だけだろうか▲これは宅配業界に限ったことではない。ガソリンスタンド、ファーストフード店、コンビニでも同じ様な光景に出逢うということは、裏を返せば、普段ではそんな若者が少なくなったことを意味する▲いつの時代も若者は元気だった。そしてその若者の予想もつかない行動を、大きな目で見ていてくれる大人がいた。しかし、現代は違う。若者が溜息をつき、あくびをする。大人はそんな若者に疲れ、ストレスとなる。今回だけは、何から手をつけなければいけないのか、迷っている私がいる▲元気出せ、若者
2000年6月号
今年初めてのプロ野球観戦。場所は横浜球場、勿論、ジャイアンツ戦。連敗中の打撃不振が嘘のように、江藤、松井、高橋のクリーンアップが、揃ってホームランを打ち、巨人ファンにはこたえられない試合であった▲昨年、応援にいく度に負けていたあの悔しさと、今回の嬉しさをどう表現しようかと迷っていたら、レフトスタンドからラッパの音とともに、聞こえてきたのは「幸せなら手をたたこう」であった▲最近、不幸な、そして暗い事件が続いていたので、この歌詞が、とても印象に残ってしまった。ご存知の通り「幸せなら態度で示そうよ、ほら、みんなで手を叩こう」である。足鳴らそう、でもいいし、肩叩こう、でも良い。大切なことは、幸せだな、と感じたとき、「周りを気にせず」態度で示せるかどうかである気がしてならない▲それ以前に、普段の生活で「幸せだなぁ」と感じる癖をつけたいと思う。世の中、そんなに悪いことばかりではない。ちょっとした事に幸せを見つける感性を磨いていきたい
2000年5月号
清水町の文化が低いと言われて「そんなことはない」と頑張ってきた。しかし、それはハードと呼ばれる建物でもなく、ソフトと呼ばれるコンサートなどでもないことに気付いた。原因は「レベルが低い」と思いこんでいる町民にある気がする▲一年間、毎週のように講演会・コンサートを繰り返してきた、それも入場無料で。これは、近隣市町村に胸を張って自慢できることである。講師も出演者も、入場無料だからといって、素人に頼んでいるのではない。日本全国で活躍している方が、清水町の文化レベルをあげるために、とほとんどボランティアに近い形で関わってくれた。本当に心より感謝したい▲そんな彼らに私たちが出来る事といったら、会場を動員などをかけずに埋めることであった、と思う。しかし、我々は残念ながら彼らの気持に応えることができなかった。文化センターがないから、では片づけられない問題であろう。是非、こんなに多くの町民が文化に親しんでいるのだから文化センターが必要、という要望であって欲しい
2000年4月号
久しぶりに映画を観に行った▲思った以上に盛況であったが、なぜか落ちついて鑑賞できなかった。上映中、何度もドアが開き、光が入ってきて画面が見にくかった。また本編が終了し、最後キャストやスタッフの名前が流れるお馴染みのシーンでは、もう終わったんだから・・・という雰囲気で席取りが大声で始まった▲私は「それは違う」と思う。制作者はあの場面、あの時間まで考えていると思うし、本編が終え、作品の余韻を楽しむ時間だと思う。最近コンサートでもアンコールが終わるとすぐに席を立つ人が増えているが、じっくり演奏の余韻を楽しんで欲しいと願う一人である。どうも生活のリズムが早くなっている気がする▲そんなことを言っていたら、座る席がなくなってしまう、駐車場が混んでなかなか出られなくなってしまう、が本音だろう。「切り替えがうまい」と言えば聞こえがいいが、他人の立場を考えず、自己中心的に動いているようだ。せっかく、映画やコンサートに足を運んだのだから、ほんの少し「時間と心」に余裕が欲しいと私は思う
2000年3月号
全国のあちこちで、父親ソフトボール大会が中止になってる。原因は、父親が野球やソフトをしたことがない、であった。ボールの投げ方も知らなけば、バットの握り方も知らない。もちろんルールも。私には信じられないことが現実に起こっている▲私たちは、最近の子ども達の髪型・服装・動きをみて、こう言う。「最近の子ども達は変わった」と。しかし、じっくり世の中を見回してみると、気付くことがある。子どもが変わったのではなく、周りの大人(親)が変わったことに。今の親を、自分たちを育ててくれた親のイメージでとらえ、何かを始めると失敗する気がする。厚底靴を履いて子どもを抱いたりする親はいなかったし、子どもの入学式・卒業式、後ろで騒いでいる親はいなかった▲「親」という字は「立木を見る」と書くと金八先生は言っていた。「子どもを立木を見るように、じっくり育てて欲しい」、そんな意味があったのかも知れないが、今は、社会全体で、「立木」を見るように「親」をじっくり育てて欲しいと願うばかりである
2000年2月号
「レストランって安心・休息・回復という意味がある」▲この台詞が、私の活動の支えているといっても過言ではない。実はこの台詞、三年以上前のテレビドラマ「おいしい関係」(中山美穂主演)のワンシーンであった。その時から「レストランのような人間になりたい」と思い続けてきた。自己主張するのではなく、誰かが疲れた時のオアシスになりたい。そう願うようになってきた▲特に文化芸術に関していえば「これ、絶対おいしいから食べてみて」というように、無理やり口に押し込むのではなく、生活や仕事に疲れたとき、「ふっと」立ち寄りたくなるレストランのような役割を担っていると思う▲そして、生涯学習というレストランで、元気を回復した人たちが、自分たちの生活や仕事に颯爽と戻っていく。そんな姿を、後ろから嬉しそうに眺めている。そんな光景に憧れる▲主役はお客である町民。またお客のために腕をふるう料理人(文化人・芸術家)。今年も数多くのお客と料理人に会えるのを楽しみに「開店」したい
2000年1月号
最近の静岡新聞の朝刊、一面トップ記事。ウォーター・ビジョンの活動が紹介された。県東部版にコンサート等の記事が掲載されることはあったが、県内NPO団体の代表例として名前を見た時、素直に嬉しかった▲頑張って結果が出た、という感じである。よく「結果じゃないよ、経過か大切なんだ」という言葉を使いたがるが、それは半分本音で、半分嘘であろう▲やっても、やっても評価されない。それでも経過が大切なんだ、と言い切るにはよほどの度量のある人でなければ耐えられない。そういった意味で「良かった」といえる▲しかし、これからの活動が本当の「真価が問われる」と実感している。「頑張る」ことは誰でもできる。しかし「頑張り続ける」ことはなかなかできない。全国三千を越す市町村に先駆けて、行政と委託契約を結んで活動した団体として、これからも注目され続けるだろう▲柿田川以外にも、全国的に情報発信できる素材として、大切に育てていきたい、と思っている
2000年1月号
最近の静岡新聞の朝刊、一面トップ記事。ウォーター・ビジョンの活動が紹介された。県東部版にコンサート等の記事が掲載されることはあったが、県内NPO団体の代表例として名前を見た時、素直に嬉しかった▲頑張って結果が出た、という感じである。よく「結果じゃないよ、経過か大切なんだ」という言葉を使いたがるが、それは半分本音で、半分嘘であろう▲やっても、やっても評価されない。それでも経過が大切なんだ、と言い切るにはよほどの度量のある人でなければ耐えられない。そういった意味で「良かった」といえる▲しかし、これからの活動が本当の「真価が問われる」と実感している。「頑張る」ことは誰でもできる。しかし「頑張り続ける」ことはなかなかできない。全国三千を越す市町村に先駆けて、行政と委託契約を結んで活動した団体として、これからも注目され続けるだろう▲柿田川以外にも、全国的に情報発信できる素材として、大切に育てていきたい、と思っている
1999年12月号
日本人は「改善」は好きだけれど「改革」は苦手。そんな話を講演会できいた。そういえば、以前に某大学の教授が「予算の3パーセントカットは大変だけれど、30パーセントカットは簡単」という話をしていたのを思い出した。彼らは何を言いたいのか▲今、いろいろな分野で生じた問題を「改善」「3パーセント」という、小手先の創意工夫で乗り切ろうとしている様子が伺える。しかし、問題はそんなに甘くない。そこで必要なのは、全体を眺め「改革」「30パーセントカット」という思い切ったシステムの変更、組織全体の再構築が必要になってくる▲もう一度、自分の周りをじっくり観察して欲しい。「介護」に代表される「福祉」に力を入れる前に「保険・医療」、そしてその前に「体育」に力を入れ、元気な高齢者を増やす。その方が大切ということに、気づくべきであろう▲上流部を解決せずに、下流で大騒ぎしても、何もならない。今、必要なことは、問題の根源を見つけ、対処していくこと。それに限ると思うのだが
1999年11月号
たばこや空き缶のポイ捨て、生活ゴミの分別無視、男女差別、環境破壊、そして交通マナーの乱れ。どれも罰則をつければ、規制が可能なのかもしれないがそれでは意味がない。それでも何とかしたい。そんな思いで悩んでいる時、ある人がヒントをくれた▲「鳴かぬなら鳴かせてみようホトトギス」と始めた秀吉式は、人に言われてしぶしぶ行動するほどつまらないものはないから現代の意識啓発には向いていない。勿論、諦めてしまおう(殺してしまおう)信長式も、誰かが始めるのを待つ(鳴くまで待つ)家康式も向いていない▲もう一歩進んで「鳴かぬなら私が鳴こうホトトギス」と言える心構えと行動力こそ、意識啓発には大切なことだと教わった気がする。自分が体験・実行し毎日充実した生活を過ごす。そんな人を羨ましく思い、真似したくなる人がいたら、実はこんな事を意識しているんですよ、と伝える。これが意識啓発の基本であろう▲そしてそんな人達が増える事がこれからの「まちづくりの原動力」となる
1999年10月号
君は、東京大学名誉教授の講演を聞いたことがあるか?。そのチャンスがこの夏、清水町民に訪れた。長沢出身、清水中学校昭和27年度卒業生。まさしく故郷に錦を飾る形となった講演は「私を育んだ故郷・清水町」▲彼は、恩師や同級生を前に、照れくさそうに話しはじめた。同窓会名簿を見て驚いたらしい。「中学時代を一緒に過ごした友達が、近隣市町に6割も残っている。その中でも清水町に3割住んでいる。これは全国的にみても凄いことです」と。過疎化が進み、故郷に帰っても誰も残っていないのが普通。それなのにわが清水町は、本当に多くの友達が住んでいる▲しかしその後の彼の問いかけは、厳しかった。「働く場所がある、気候が温暖、交通も便利。地理的条件はほとんど整っている。私が皆さんにたずねたい、何を誇りに住んでいらっしゃいますか」瞬間ホールが静まりかえった気がしたのは、私だけだろうか。柿田川以外で、私たちが全国に誇れるもの探し。まちづくりの基本である気がしてならない
1999年9月号
君は、東京大学名誉教授の講演を聞いたことがあるか?。そのチャンスがこの夏、清水町民に訪れた。長沢出身、清水中学校昭和27年度卒業生。まさしく故郷に錦を飾る形となった講演は「私を育んだ故郷・清水町」▲彼は、恩師や同級生を前に、照れくさそうに話しはじめた。同窓会名簿を見て驚いたらしい。「中学時代を一緒に過ごした友達が、近隣市町に6割も残っている。その中でも清水町に3割住んでいる。これは全国的にみても凄いことです」と。過疎化が進み、故郷に帰っても誰も残っていないのが普通。それなのにわが清水町は、本当に多くの友達が住んでいる▲しかしその後の彼の問いかけは、厳しかった。「働く場所がある、気候が温暖、交通も便利。地理的条件はほとんど整っている。私が皆さんにたずねたい、何を誇りに住んでいらっしゃいますか」瞬間ホールが静まりかえった気がしたのは、私だけだろうか。柿田川以外で、私たちが全国に誇れるもの探し。まちづくりの基本である気がしてならない
1999年8月号
「大人って、やっぱり凄いね」こう呟いたのは、中学生であった▲ウォーター・ビジョン会員の奥平さんが、今回はヒッチハイクで日本一周の旅に出かけている。前回は、バイクで世界一周の旅であった。そんな彼の体験話に耳を傾けていた中学生が思わず私の横で呟いたのである。この言葉には、日本が抱えている教育改革のヒントが隠されている気がする。まさしく「心の教育」「生きる力」であろう▲自分の親や、周りの大人を尊敬しなくなった。友達感覚で話しかけてくる環境に慣れてしまっただろうか。凄く新鮮に聞こえた。いくら大きなこえで怒鳴っても、言うことを聞かない彼らにとって、自分たちが経験したことのない事を成し遂げた大人の存在は、興味関心の対象となるようである▲今、私たちが子ども達にできる教育は、凄い大人・がんばっている大人の人達と話しができる環境を作ってやることなのかもしれない。人材育成なんて、大上段に構えるのではなく、私たちの周りにいる人材発掘に力を注ぐ必要がある
1999年7月号
新聞一面を飾るのコラムは朝日新聞「天声人語」読売新聞「編集手帳」日経新聞「春秋」そして静岡新聞は「大自在」とそれぞれにタイトルがあり、何か意味があるようだ。そこでウォーター・ビジョン会報のコラムにも…といろいろ考えてみた▼基本は「コミュニケーション」。人間が生きていく上で一番大切なのかもしれない。しかしコミュニケーションには、ある程度の距離が必要になってくる。近すぎても遠すぎてもいけない。さらに片方に頼りすぎている関係もよくない▼ではどんな関係がよいか。夫婦も恋人も友達も、意思を伝えるためには、ある程度「緊張」していないと駄目、馴れ合い関係は、なかなか意思が通じない、というわけである。そこで「糸電話」の登場となる▼簡単そうでなかなか実行に移せない「糸電話」の関係は、演奏者と観客、執筆者と読者、講師と受講者。いろいろな場面で必要となってくる。また、「緊張感」があるからこそ、お互いがレベルアップしていくことを念頭に活動を支えていこうと思う
1999年6月号
夢から目標へ、そして実現
ウォーター・ビジョンが、とうとう動きだした▼もう何年になるだろう。この夢のような話を聞いたのは。そして、誰もが信じなかった。こんな儲からない、慈善団体のような活動を生活の中心にしていくなんて。しかし、その夢は実現された▼かのトーマス・エジソンは言っている「信念に裏づけされ、持続性を伴い、行動によって表現された欲望は止まることを知らない」と。いつのまにか「夢」が「目標」になりとうとう実現してしまったパワーには脱帽である▼全国でもまだ例を見ない行政からの「文化・芸術分野の業務委託」。たとえ一部としても期待の大きさがうかがえる。行政ではできない、思い切った活動を望む▼何年か前の大河ドラマで、秀吉役の俳優、竹中直人は、大きな目を輝かしてこう言った。「人は人のために生きて、人と申す」

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作成日2001年8月30日