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プータロー生活向上委員会研究発表【プータローのぷー太】

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  • 2016/06/11

 プータロー生活向上委員会研究発表
【プータローのぷー太】


 

前編
平成12年8月号

 

 私はプータローである。名前は仮にぷー太としておく。プータローとは、定職にも就かずに気ままに生きる連中を意味する、今どきの言葉である。ぷー太が生まれたの
は昭和四十六年である。この年、人類は月の石を地上に持ち帰ることに成功している。ものごころついたころ、私の家庭にはテレビも洗濯機も冷蔵庫もあり、父は中古ではあったが車を乗り回していた。炊飯器については、言うまでもない。飛行機の存在も月面着陸も、単なる既成事実だった。毎朝七時になると仕事に出かけ父の背中を見て、幼い私はこう思ったものだった。「人間の代わりにあれもこれもしてくれる機械がいっぱいあるのに、どうして人は毎日働くのだろう?」

ぷー太はそのうち学生になり、学校というゲームで生き残ることに忙しくなったため、幼いころの思いはしばらく忘れていた。ところが、学校を卒業すると、その思いが再び意識の中に現れた。あらゆる年長者たちから無言の圧力がかかる。「生きるには金が必要なんだよ。やりたくないことでも、汚いことでも、生きるためにはしかたないだろう?」これが私の両親の言い分だった。

ぷー太は家を出て、一人暮らしを始めた。とはいっても、やりたくないことはやりたくない。悩んだ末に、生活必需品を手っ取り早く手に入れるための能力を磨くことで、できるだけ労働を回避することにした。

生活必需品というと衣食住を考えるのが普通であるが、ぷー太の頭は既に二十一世紀を生きているので、衣食住ではなく、時間・空間・エネルギーの三つを考え、それらの関係に注目する。部屋が暖かければ、衣は必要ない。実際、南国には服を着ない人たちもいる。部屋が寒くもなく、働きすぎることもなければ、多くの食料も必要ない。晴れた日の木陰で快適にすごせれば、住居も必要ない。衣食住とは、モノに注目した時代の言葉である。モノではなく効果に注目すると、時間・空間・エネルギーに注意を払うことになる。

 

後編
平成13年5月号

 

 時間をつくるのに必要なのは、所有しないで利用するという生活技術である。この問題を考えるときに、ぷー太が好んで標的にするのは、自動車の個人所有である。車に乗ることで短縮される移動時間と、車を購入・維持するのに必要な労働時間とを比べてみるといい。あなたがビル・ゲイツ級の金持ちでもなければ、車を持つことでより忙しくなるのが普通なのだ。所有するものが少なくなれば、それだけ部屋の空間も広がる。

空間をつくるには、あと二つの方法がある。その一つは、小さくて機能的な生活道具を選ぶことである。一人暮らしを始めたばかりのころ、ぷー太の部屋には電子ピアノとデスクトップ・コンピュータがあり、六畳一間のアパートでこれらと共存するために、ロフト・ベッドも利用していた。去年の秋、長年続けていたピアノは手放して、ギターに持ち替えた。今年の正月、コンピューターは小さくて速いものに買い換えた。おかげでベッドも不要になった。あっというまに部屋の空間は倍以上になった。

空間をつくるもう一つの方法は、持って歩ける生活道具を選ぶことである。こうすれば、家にいるまでもなく必要なことができるため、公共の空間が全て自分のものになる。ぷー太の部屋には加入電話がない。あるのは無線電話のみである。こんなことは今どきの学生たちにとっては珍しいことではない。近い将来、燃料電池と呼ばれる静かな発電器がキャンピング・カーには搭載されるだろう。そうなれば、家ごと移動するのも当たり前になり、誰もが「地球はオレのものだ」と言い始めるだろう。

エネルギーの問題は少しやっかいだが、すぐにできることもある。家事を自動化して夜間の電力を利用すれば、社会的なエネルギー効率は向上し、場合によっては家計も助かる。近い将来、自家発電が安くできるようになれば状況はさらに改善される。

こうした努力のおかげで、三ヶ月分の生活費を一か月の労働でまかなえるようになった。今となっては、一年の半分以上は勝手気ままに暮らしている。ところが、上には上がいるものだ。年間四万円ほどの出費で生活するサバイバル野郎の噂を、最近になって耳にした。まだまだ修行の余地はありそうだ。働かないためなら、なんでもやるぞ!
(おわり)


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作成日2002年9月5日