ウィーン見聞録【榊 明子】
- 環境・情報
- 2016/06/11
ウィーン見聞録
【榊 明子】
平成12年10月号
音楽の都ウィーン。また、歴史の都であり、世紀末芸術の都である。この街は、様々な魅力の詰まった、美しく明るい都である。だがそれでいて、それほど華やかさ、派手さを感じさせる街ではない。多くの楽聖たちが活躍したこの街で、彼等の足跡を訪ね、石畳の小路を曲がれば、シューベルトが目の前にすっと現れそうな、また、モーツァルトが窓からひょっこり顔を出しそうな、そんな感覚にとらわれる。ウィーンは「昔」が息づいている不思議な街なのだ。
しかし、王宮やシェーンブルン宮殿を訪れれば、オーストリア帝国を650年統治したハプスブルグ家の栄華を目のあたりにする。王宮は14世紀から20世紀に至るまで、政治行政府、数多くの公的機関、国家的行事や皇帝家の式典の場だったばかりでなく、何よりも、ハプスブルグ歴代皇帝と一族の住居であった。それだけに内部は大変広い。また、夏の離宮とされたシェーンブルン宮殿の総室数は二千にのぼるという。数々の部屋や広間は、様々な時代や様式を代表する名高い芸術家、工芸家が心血を注いだ芸術作品そのものといった感じだ。その中の「鏡の間」は、シャンデリアの灯火をクリスタルグラスの鏡が映し出す中で、神童モーツァルトが初めての御前演奏を行ったと言われる部屋だ。幼いモーツァルトが無邪気に女帝マリア・テレジアの膝に上がり、そして、マリー・アントワネットに求婚したというエピソードが微笑ましく思い浮かばれる。華麗な宮殿とロマンチックな雰囲気に包まれた広大な庭園を見れば、シェーンブルンが芸術文化の発展に重要な舞台を提供してきたということが納得できる。この宮殿と庭園は、美術・音楽・文学にとって、尽きせぬ詩情と着想の源泉であったことだろう。
ヨーロッパ音楽を生み出してきた本場で、ピアノのレッスンを受けながら、少しでも音楽の心を身につけることが出来ればと思い、ウィーンを訪れた。美しい歴史的建造物を見て周りながら、オーストリア帝国時代に開花した宮殿文化が今も華麗に伊築いているこの街に一ヶ月間滞在し、その歴史と文化を肌で感じることができたと感じている。
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作成日2002年8月1日